遠くて近い、この道は

彼氏が医学部再受験するって言い出した

彼が医者になると言い出した時の話①

  フリーターをしていた彼が突然医者になると言い出した。

その少し前には映画監督になると言っていろんな人を巻き込んで自主映画を撮影していた。巻き込まれた中には私も当然含まれていた。

 

彼が医者になると言い出したのは、二人で靖国神社のお祭りに行った帰りに入った居酒屋だった。彼は朝泊まりのアルバイトを終えて帰ってきて食事をしてシャワーを浴び、仮眠をとって夕方起きてきた。多分お祭りに行こうと言い出したのは私のはずだから、私が起こしたのかもしれない。その日私の仕事が休みだったのか、早く終わっただけだったのかは覚えていない。

とにかくその日彼は機嫌が悪かった。イライラしていた。中央線から東西線に乗り換えて九段下まで行く途中も不機嫌な表情で、あまり会話はなかった。

その頃私は御茶ノ水で働いていて、御茶ノ水までの定期を持っていたので、九段下に到着して改札を出る時、駅員に足りない分の運賃を現金で払った。彼は先にPASMOを使って出ていたので、イライラした表情で私を睨んでいた。

「なんでチャージしてないの!」

私が改札を出ると彼は大きな声で言った。

私は何て答えただろうか、何でそんなことで大きな声を出して怒るの、とか何とか言ったかもしれない。駅から靖国神社まで、彼は無言で、さっさと歩いて行った。

お祭りにはたくさんの店が並んでいた。私は何か買って食べながらゆっくり見て回りたかったのだが、彼のほうはまだ怒っているらしく、さっさと奥の方へ歩いて行ってしまう。時折振り返って私がついてきているか確認するので、私も勝手にお店で食べ物を買うこともせずに彼について歩いて行った。

結局飾られていたねぶたや、お店なんかをゆっくり見ることもできずに私たちは無言で神社を後にした。電車で九段下まで行って靖国神社を通って、また電車で帰ってきただけだった。

帰りは私も当然怒っていた。せっかくお祭りに行ったのに、一体なぜこんな思いをして帰ってこなければいけないのか、なぜこの人はこんなに些細なことでいつも怒るのか。

多分そんな私に気づいたのだろう、電車を降りて改札を出ると、彼は何か食べて行こうかと言い出した。

私はまだ腹を立てていて、はあ?という感じだった。

「俺が出すから」

「じゃあ行く」

彼が奢ってくれることはほとんどなかったので、それだけで私は怒りが治まってしまい、そのうち行ってみようと目をつけていた居酒屋に二人で行ったのだった。

その居酒屋で彼は急に、医者になると言い出したのだ。